夫婦の対話, 感じたこと

しっかり者の女性の落とし穴!

私はある凄腕のセラピストさんに定期的にエネルギーの調整をしていただいています。
今日はその時のエピソードからの気づきを紹介しましょう。
 
そのセッションでは自分のエネルギーを上げるために、不要な思い込みに気づいたり、体の滞りをほぐしたり、心と体の両方を調整するので、終わるとスッキリするのが通常です。
 
ところがその日、施術が終わったのに眠気がとれません。
 
「今どんな感じですか?」と聞かれた私。
「なんだかまだ眠くて・・・。」と答えたところセラピストさんが言いました。
 
「陽妃さん、ちょっと待ってください。その・・・胸のアクセサリー、原因はそれです。」
 
なんの事かな?と思いよく聞いてみると、私の眠気の原因が、その日していたお気に入りのペンダントのエネルギーだというのです。このセラピストさんは人や物、名前などなんでもエネルギーを見れる人で、その時私がしていたペンダントのエネルギーが低い、という事でした。
 
「そのペンダント、自分で買いましたか?誰かからもらいましたか?」と聞かれはっとしました。それは夫に買ってもらった物だったのです。
 
結論から言えば、そのペンダントのエネルギーが低いのは、夫が私に何か言いたい事がある、ということで、それは「自分に対してもっと感謝してほしい。」という事でした。つまり夫は、私が夫をあまり尊重していないと感じているらしく、その事をペンダントを通して訴えているようでした。
 
言われた時、最初は「なんでかな〜。」としっくりきませんでした。なぜなら私は夫が大好きで、と言うのも恥ずかしいくらい、毎朝顔を見るのが嬉しいし、一緒にいるのが幸せだし、私に無いすごい才能もあって尊敬しているし、おかしいな〜、と思ったのです。
 
でもそれでも、もし感謝が足りないとしたら・・・?
と考えてみたら、思い当たる事、ありました!!
 
それは・・・
 
絶対に自分より彼が優位にならないように、ちょっとした事で彼を下げる。
という事をやっている自分です。
 
読んでみて、「は?よくわからない。」と思った方もいるでしょう。
 
つまりはこういう心理です。
 
私は彼の事を大切に思っている。尊敬もしている。感謝もしている。
でも実は、数ミリでもいいから彼の上に立っていたい。支配したい。負けたく無い、と思っている。
なので、大した事無い事で相手を下げて、自分より上に行かないように巧妙にエネルギーを操っている・・・。
 
愛情・応援、という追い風を送りながら、足元は綱を繋いですこーしずつ引っ張っている。
そんなイメージでしょうか。
なんとも、腹黒いですね(苦笑)
 
 
これには理由があって、そもそも私がしっかり者になった原点は、「自分は何もできない。」という無価値観から始まっています。
子供の頃、家の中にあった混乱のエネルギーを子供心になんとかしたいと思いつつ、何もできなかった絶望をかかえました。そんな何もできない自分は存在する意味が無いとも思いました。そして、自分の存在意義を見つけるために、しっかりする、人に迷惑をかけない、ということをやりました。さらにもう少し欲を出して、有能な自分を演じる事で自分だって存在する価値がある、と思うようにしたのです。
 
有能な自分だったら存在してもいい。もし無能だったら存在する意味が無い。
 
そんな風に思い込んだのですね。
だから夫婦関係において、私が彼より無能だと存在する意味がなくなってしまうのです。愛される理由もなくなってしまいます(と、思い込んでいる)。
そういう心の痛みの中で、彼が私より有能にならないように、巧妙に術をかけていたのです。
 
しっかり者をキープするという事は、誰かを無能に仕立て上げる、という事につながります。その誰かが自分より有能だったら、自分は無能になってしまうからです。
 
表の感情では、「もっとしっかりしてよ!」と思いつつ、反面「しっかりされたら困る」とも思っているのですね。人間の感情とはややこしいものです。
 
「周りがバカばっかり」とか「パートナーが無能で困る」と思っている人は、このタイプのケースが多いです。自分が有能でいるために、こっそり周りを無能にしている可能性があるのです。
 
しっかり者の女性はこうやって、自分の首を自分で締めていく傾向があります。なんでも背負って頑張りながら犠牲感を感じ、でも相手を無能にして助けさせないのです。相手がサポートしたくても助ける隙を与えないのです。そして自分は一人でキリキリして、孤独になっていく・・・・・・・なんとももったいないですね。
 
 
この日、帰宅してから夫に一連の気づきを話して謝りました。そしたら夫は「ようやくわかったか」的なまんざらでも無い顔をしていました。
そしてそれから、いつもに増して色々とやってくれるようになりました。夫は私が完璧に主婦をやる事なんて望んでいないし、私が不完全だからといって愛さないわけでもないのですね。それどころか私が完璧にやろうとして緊張感をピリピリ出すよりも、不完全でちょっと頼る方が嬉しいみたいです。
 
 
しっかりした自分でいたかった
有能な自分でいたかった
完璧な女性になりたかった
 
そんな私が見えてきました。でもそれはもうおしまい。
できない事は人に頼って、コントロールを手放して委ねてみる。
自分に完璧を課さない。
愛する人を下げない。
それがこれからの私。
 
今一歩、自由になります。

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