感じたこと, 日々の出来事

両親に謝りたい、という思い

先日、ふと思い出した事があります。
といっても、振り返ると忘れているようで忘れたことのない、ずっと心に引っかかっていた事です。
その事は、見たくないから忘れたつもりになっていたのですが、それがどっしり、意識の真ん中にきたのです。
 
 それはこんな出来事です。
 
小学生、おそらく低学年の頃の事です。
私はお母さんの小銭入れからお金を盗んだ事があります。
それも一回ではなく数回にわたってです。
動機は駄菓子屋さんでお菓子を買いたかったから。
当時、絵を習いに通っていて、子供の足で40分くらい歩いたお教室でしたが、そのお教室へ行く途中に駄菓子屋さんがあったのです。
 
普段は親の目の届く範囲でしか行動しない頃の話です。
たまに子供だけで遠くに行って、バレない、という開放感もあったかもしれません。
そこで駄菓子を買って歩きながら食べるのが楽しみとなりました。
 
でも当時のお小遣いはひと月数百円。
駄菓子を買えばすぐになくなります。
そこで、お母さんの小銭入れから、百円、百二十円と、少しずつ盗むようになったのです。
悪い事をしているのはもちろん承知。
でも誘惑には勝てず、何回か繰り返しました。
  
 
ある日、いよいよバレる日が来ました。
その小銭入れはタンスの上に置いてある緑色の瓶で、普段あまり触らないので埃をかぶっているのです。
その瓶を元に戻すのを忘れたのです。
 
 
当然、「誰がやったの?」という話になりました。
私はとっさに「私じゃない」と嘘をつきました。
瓶にはくっきりと私の指の跡がいくつもあるのに。
 
 
私の記憶には、両親が困った顔をしてなにかヒソヒソ話していた情景が残っています。
そして記憶はそこまでで、それからひどく怒られたとか私が謝った記憶がありません。
 
ただあるのは、その時のなんとも言えない苦い嫌な感情。
なんだかとんでもなく悪い事をして、そのままそれに触れられもせず、置き去りにされた感じがしたのです。
そして、「私はよほど悪い事をしたに違いない。なんて悪い子なんだ。」という思いが心の底に深く棘のように刺さりました。
 
それから「二度とこういう事はしない。」と誓ったのです。
こんな苦い感情はもう味わいたくないと思ったからでした。
 
 
その思い出を振り返ることや誰かに打ち明ける事は、自分の中では大きな恥を伴う事でした。
そんな過去は消してしまいたかったし、そんな過去がある人間だなんて匂わせもしないような大人になりたかったのです。
 
だからこそその過去は、心に深く刺さっているのにも関わらず、ずっと見ないようにしていたのです。
 
それが先日、その思い出がわ~~っと浮かび上がってきて、あのなんとも言えない苦くて嫌な感情で心がいっぱいになりました。
そして始めて当時の記憶をしっかりとたどる事ができたのです。
 
 
あの時の私がどうして欲しかったのか、なぜまだ、心に棘が刺さっているのか…。
出てきた答えは、「両親に謝りたい。」という気持ちでした。
 
きちんと謝って、できればどう思っているのか聞いてみたいと思いました。
その当時の過ちのせいで親から愛されていない、と思った事はありません。
不思議とそこは大丈夫でした。
ただ、謝ることもせず、嘘をついたまま、後味の悪さの中に置き去りになっている自分がいたのです。それを完了させたいと思いました。
 
そこで、私は当時のことを両親に謝ることにしました。
実はそう決めてからも、その事を話すのには恥ずかしさと申し訳なさで心がいっぱいになり、話を切り出すのも難しい気がしました。
でも、私は間違ったことは謝れる人になりたいと思いました。
他の誰でもなく自分が知っている過ちについて、きちんと受け止めて謝れる人になりたいと思ったのです。
 
実家に帰り、3日目にしてようやく意を決して両親に話を切り出しました。
溜まっていた感情が溢れて涙が出てしまい、うまく話せません。
 想像以上に感情が溜まっていたようです。
でも夫の助けも借りながら、お金を盗んでからずっと後悔していたことを伝えました。
 
 
両親がどう反応をしたかと言うと・・・なんと二人とも「覚えてない。」と言ったのです。
「子供なんてそういうことをするものだし、他の妹弟の方がもっと色々大変だったのよ。」なんて軽く言います。
許されていないとは思っていなかったけど、私にとってこれほどの重大事件が、両親の中では記憶にも残っていなかったとは・・・!
正直このギャップに戸惑いました。
 
 
結局のところ、罪悪感と恥を感じ続けていたというのは私の一人相撲だったわけです。
夫が気を利かせて両親に「彼女を許してあげてもいいですか?」と聞いてくれたのだけど、両親は覚えていないため、許すも何もないといった感じでしたね。
なんだか拍子抜けした感じでした。
 
 
とはいえ自分にとっては、自分が悪かったと思うことについてはきちんと謝れる人間になるということが大事なことだったのと、未だに引きずっている過去の出来事を完了させることが目的だったので、それは達成しました。
思っていたような形ではなかったにせよ、両親に謝ることができたおかげで、私の中にある「自分はずるくて卑怯な罪人だ。」という思い込みが癒されたように感じています。
 
 
過ちを謝罪するのはとても恥ずかしくて難しいものです。
私のように日頃から「清く正しくあれ」というのが刷り込まれているいい子ちゃんタイプにとってはなおさらのこと。
自分にそんな汚点があるなんてとてもとても認めたくないのです。
 
でも実のところ、謝るかどうかは相手よりも自分にとって大事なのだと今回痛感しました。
自分だって過ちを犯すことを受け入れること。
自分が不完全であることを許すこと。
それができない方がセルフイメージが下がっていくのですね。
なぜって自分がどんなに不完全かは結局のところ知っているのですから。
 
私はもともと自分の過ちを認めて謝るのが大の苦手です。
ずっと過ちを犯さない人間になりたかったし。
でも今回のことを教訓に、自分のために謝れる人間になろうと思いました。

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