夫婦の対話

パートナーから学んだこと『〇〇なんてない』

結婚当初
 
よく喧嘩の時に私が言っていたことは
 
「普通、〜〜でしょ!」
 
「それ、おかしくない?」
 
というセリフでした。
 
 
喧嘩の時でなくても
 
夫の行動に対して
 
「それやめたほうがいいよ。」
 
というようなことをよく自信たっぷりに言っていました。
 
 
最初のうち、夫は何も言いませんでしたが
 
しばらくすると
 
「上から目線だ!」
 
「決めつけが強い!」
 
「なんでそんなに偉そうなんだ!?」
 
と反論してくるようになりました。
 
 
そうなると話は平行線。
 
ヒートアップすると二人の心は遠く離れて
 
心が通じないということはこんなに寂しいものかと思ったものでしたね。
 
 
 
当時の私は
 
「どうしてわかってもらえないんだろう?」
 
と悲しくなることはあっても
 
自分が相手に対していかに決めつけていたか、ということについては
 
全くわかっていませんでした。
 
 
「私は間違ったことは言っていない。」
 
 
と、心底思っていたのです。
 
 
なぜ、そんなに自信があったかといえば
 
私の中にたくさんの「正解」があったからです。
 
 
 
「こういう時はこうするのがいいだろう」
 
とか
 
「こういう行為はNGに決まってる」
 
など
 
 
このケースはこう
 
あのケースはこう
 
という「正解」が私の中にははっきりとあって
 
自分自身はそれに沿って生きていたのですね。
 
 
 
でも夫に
 
「決めつけだ!どちだっていいじゃないか!」
 
とか
 
「そうしないからといって何が悪いんだ!」
 
と言われるようになって
 
最初のうちは受け入れられなかったのですが
 
あとで落ち着いて考えると
 
確かに、そうじゃなきゃいけない、っていうことはないな。
 
と思えるようになってきたのです。
 
 
 
わたしが「そうしたい。」と思って行動しているだけであって
 
それが正解というわけではない・・・。
 
 
それに気付きだしてからは
 
そんなことばかりでした。
 
 
 
お茶碗の片付け方・洗濯物の干し方から始まって
 
靴の脱ぎ方・トイレの使い方
 
など様々なことが違います。
 
 
こういった生活習慣のことは
 
話し合ってどうするのか決めることができるようになりました。
 
 
でも結構深刻だったのは
 
お金の使い方・ため方
 
それぞれの家族との関わり方
 
仕事との向き合い方
 
パートナーシップとの向き合い方
 
セックスとの向き合い方
 
人生との向き合い方・・・・
 
 
などなど
 
 
自分が大事にしているものほど
 
相手の価値観が理解できなかったりします。
 
 
理解できない、というよりは
 
理解したくなかった・・・というほうが近いかもしれませんね。
 
 
 
何れにしても
 
パートナーから私が学んだことは
 
「正解はなんてない!」
 
ということ。
 
 
 
あるのはただ
 
「自分はこうしたい。」
 
ということだけ。
 
 
 
正解、というものを少しずつ手放せるようになって
 
話し合いはスムーズになりました。
 
 
「私はこうしたい。あなたは?」
 
と聞けばいいのです。
 
 
そうすれば夫は普通に自分の考えを話してくれます。
 
 
夫からすれば
 
「こうするべきでしょ?なんでやらないの?」
 
と言われるのとでは天と地の差ですね。
 
 
 
自分の中に入り込んだ正解を手放すのは
 
難しい場合があるかもしれません。
 
 
 
でも相手との話が平行線になってしまう時は
 
自分の中の正解にしがみついていると気づいてください。
 
 
そして正解だから、という理由ではなく
 
私はこうしたい、という話し方に変えてみるだけで
 
コミュニケーションのエネルギーはだいぶ柔らかくなるはずです。

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