感じたこと, 日々の出来事

今日はひな祭り・母の愛とコントロール

母とはいい意味でも悪い意味でも関わりが強いです。
それだけ母の愛が強かったともいうし、母のコントロールや癒着も強かったです。
今日はひな祭りに関しての母との思い出と、その思い出が私の人生にどう影響したのかを書いてみます。
 
 
私は4人姉弟の2番目で、構成は「姉・私・妹・弟」です。
女の子が先に3人生まれたことで、我が家ではひな祭りが重要行事でした。
端午の節句を祝った思い出はあまりないけれど、ひな祭りは毎年早くにお雛様を飾り、楽しんだものでした。毎年、菱餅やあられを母が買ってきてみんなで食べたり、ちらし寿司を作ってくれてお祝いしました。それを思い出すと、懐かしく楽しい思い出です。
 
私たち母と姉妹はいつも(弟はこの話題には入ってこないので)、三人官女のどれが誰か、という話で盛り上がりました。思い返してみれば、このお祭りはやっぱり女子のものだったわけです。
 
 
 
当時から、3月3日が過ぎたらすぐにお雛様を片付ける、という習わしを聞いたことがありました。片付けないとお嫁に行き遅れる、とう説です(地方によって違うらしいです)。
 
ところが母は、なかなかお雛様を片付けたがりません。小さい頃は私も気にしませんでしたが、成長するにつれて気になり出しました。
「お母さん、お雛様片付けないと私たちお嫁に行けなくなるよ。」と何度か言ってみたことがあります。すると母は「ずっと私の娘でいて欲しいからいいのよ。」のようなことを言っていました。
 
母曰く、自分の幼少期が幸せでなかったので、自分の家族が欲しかったのだそうです。そして子供には、いつまでも自分の子供でいて欲しい、という強い思いがありました。お雛様を片付けない件もそうですが、長年かけて「私の元から去って行かないで。」「結婚しないで私の子供でいてちょうだい」という母の思いが、ひたひたと私の潜在意識に刷り込まれていったのでした。
 
実際に「結婚なんてしなくていいのよ」と言われたこともありますし、「子供なんて持たなくていいのよ。」と言われたこともあります。こういった言葉は人生を通してわずか数回ですが、私にとってはインパクトの大きすぎる言葉で、「なんでそういうことを言うんだろう?」と違和感と疑問をもつと同時に、すこしずつ蛇に絡め取られていっているような、いや〜なエネルギーを感じたものでした。
 
「結婚しろ」と急かされる人もかわいそうだと思いますが、女として当たり前の、誰かと愛し合って親から自立する、自分の家庭を持つ、という願いや喜びを感じるということに、いつの間にか罪悪感を感じるようになっていったのが私でした。
 
そんなことをしたら母が悲しむ・・・・
 
 無意識でそのように思っていたのです。
 
だから30歳まで誰ともお付き合いをしなかったし、結婚してからもどこか後ろめたさがありました。子供を持ちたいと思うのも遅れたのも、母の言葉の影響があったでしょう。
 
遅ればせながら自分が女性の幸せを手に入れたいと思い始めた時は、母からのまとわりつくエネルギーが嫌で嫌で振り払うのに必死でした。「もう縛らないで!」「私を自由にしてよ!」と何度そう思ったかしれません。
 
今現在は、いろいろなことを解いてきたので、全てが母のせいだと思っていません。結婚を遅らせたのも、子供を作る、ということと向き合わなかったのも自分の責任だと思っています。
 
結果からみれば、結婚が遅れたから今の旦那さんと出会えたわけで、子供を作らなかったから、二人で心の奥深くを探求する、というギフトも得られていると思っています。
 
ただ、親の言葉が子供の人生に与える影響は多大だし、子供がそれに気づき、親を許し、親から本当に自立するということができないと、その連鎖はそのまた子供に引き継がれていきます。
 

私だって本当は母が大事だし大好きです。でも数々の言葉から、恨みや怒りを抱いていたのも事実です。相反する感情が渦巻くのが家族だ、といえばそうですが、親を許し、平安な心を取り戻すことも可能です。そしてそれは自分の選択次第なのだということははっきりといえます。

私自身、数年前に愛情とは相反する渦巻く感情を溶かしていこうと決めてから、少しずつ親を許す、という取り組みをしてきました。

 人生で欲しいものが手に入らないことを親のせいにし続けていたら、自分の中にある本当の力を見失うことになるし、本当はお母さんが大好き、という愛情も見失います。
 
取り組んできて結果的に思うことは、許しは、相手のためにではなく自分のためにするものだ、ということです。相手が変わらなくても、自分が本当の自分に帰っていくためにする。親の影響を受けた人生を悔いているわけではありません。かつてはそうだった。でもこれからの時間について、親の影響を手放すかどうかは自分で決められるのです。
 
私は蛇のような母のまとわりつくエネルギーを許し、その母を抱きしめることにしました。そして、小さい頃、楽しいおひな祭りを毎年してくれた母との思い出も、今一度抱きしめたいと思います。だってそれが嬉しかった私も間違いなくいたのですから。そしてそれこそが、私が失いたくない愛しい記憶なのです。
 
 
 
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