大切なあなたへ
こんにちは!
大切な人と繋がる極意をお伝えする
天乃陽妃(あまのてるひ)です。
あなたは
「自分って誰なんだろう・・・?」
と疑問を持ったことがありますか?
「自分って誰?」
って文字で見ると変な質問ですよね。
でも多くの人が
この哲学的な問いに
一度はとらわれるのではないでしょうか。
少し前、私は誕生日だったのですが
実は今年の誕生日に
この「私は誰?」という疑問が頭をもたげました。
今日はその疑問から始まった気づきについて
シェアをしたいと思います。
私の「天乃陽妃(あまのてるひ)」という名前は
ビジネスネームです。
ブログとか Facebookなど公の場 ではこの名前を使っています。
なので私には
本名(Sちゃん)とビジネスネームの二つの名前があります。
どちらも大切な名前です。
でも今年のお誕生日前日にふと思ったのです。
「明日は誰の誕生日なんだ・・・?」という風に・・・・。
私は Facebook で友人と繋がっているので
毎年お誕生日になると
友人達から誕生日お祝いメッセージが届きます。
お祝いのメッセージを頂くのは嬉しいものです。
思わぬ疎遠になってる人からメッセージが来たり
お世話になっていう人からメッセージが来たり
誕生日はたくさんの人と繋がるきっかけを作ってくれます。
そしてかつての私の本名を知っている友人たちも
今ではみんは私を陽妃(てるひ)と呼んでくれて
お祝いのメッセージのほとんどは
「陽妃さん、お誕生日おめでとう!」
と届くのです。
それを誕生日の前日に想像して
「明日はSちゃんの誕生日なんだけどな・・・」
と呟(つぶや)きたくなる自分がいました。
私が生まれた日
Sちゃんが生まれた日が誕生日なのだけど
Sちゃんおめでとうと言う人は
今では私の両親、家族と旦那さんぐらいです。
知り合いのほとんどが「陽妃さん、おめでとう」という生活になって
どうやら私の中のSちゃんが
「私を忘れないで!」と言いたくなったようでした。
少し心の中を掘り下げてみると
「1月11日は、私、Sちゃんの誕生日でしょう?」
「陽妃さんの誕生日じゃないよね?」
と少し寂しげにいっているSちゃんがいました。
そうして私は気づいたのです。
私の中で
Sちゃんと陽妃さんが乖離(かいり)している、ということに。
そしてSちゃんがどうも置き去りになっているらしいのです。
そもそも
ビジネスネームをつけた理由は二つ。
一つは
カウンセラーとて活動していく上で
自分のプライバシーをオープンにしていくことになるだろうと思っていたので
自分はよくても本名では家族に迷惑がかかる可能性がある
と思ったからです。
もう一つは
プライベートとビジネスで名前をわけて使い分けた方がうまくいく
ということを教えてくれた人がいたからです。
さらにその方に
人は持って生まれた名前がある
ということも聞いたので
もともと名前があるなら
それをビジネスネームにして使い分けよう
と思ったからでした。
そして
「天乃陽妃」という名前を使い始めて数年たち
いつのまにか、Sちゃんと陽妃さんが乖離してしまったのでした。
Sちゃんが置き去りになって・・・。
それが今年の誕生日の前日に
浮上してきたのでした。
45年前に私が生まれてきたのを本当に喜んでくれた両親
その両親がくれた名前がSちゃん・・・。
だからお誕生日は
陽妃さんを祝うのではなく、Sちゃんを祝わなくちゃ〜。
なんて思ったりしました。
とはいえ
Sちゃんも陽妃さんも紛れもなく私自身。
この二人が乖離しすぎているのはよくないかしら・・・。
と思い立ち
しばらくSちゃんと陽妃さんで
おしゃべりをすることにしました。
静かな場所で時間をとり
おしゃべりをする二人の私。
その二人をみていると
エネルギーがだいぶ違います。
Sちゃんは、色々思い悩み、苦労し
世界に怒り、人を恨み、自分の殻に閉じこもった子
思いやりがあっていい子だけど
どこか内向きのエネルギーです。
それに比べて陽妃さんは
オープンで明るいエネルギー。
悩んだり迷ったりしながらも
それを分かち合って前に進んでいく
外向きのエネルギーです。
まるで陰と陽です。
本当は陽妃さんの中にも恨んだり怒ったり
闇の部分はたくさんあるのに
いつの間にか
Sちゃんが闇を担当していたのかな・・・
陽妃さんは確かに
名前からして陽の光の感じだしな・・・
なんて感じていたら
ふと・・・・
Sちゃんと陽妃さんの向こうに
もうひとり別の存在が見えてきました。
その存在は
なんというか・・・
Sちゃんと陽妃さんの両方を含んでいて
それよりももっと大きな存在で
そして言葉はなく
名前もなく
ただそこにいる
ただそこにいる
「私」
でした。
感覚的なことでうまく表現できないのですが
その時なんとなく
「私」は「私」で
それ以外の何者でもない。
と思ったのです。
つまり
Sちゃんもで陽妃さんでもあるし
どっちでもないし
もっというと
名前はないのです。
名前はこの世であった方が便利だからあるもので
私は、たんに「私」でしかなかったのです。
★
実は昨日、1月22日、誕生日から11日経った
天赦日と一粒万倍日が重なる日に
このことがもう一段、腑に落ちました。
昨日は親しい友人たちと
「奇跡のコース」のワークブックを使った
勉強会だったのですが
昨日のレッスンが
「私は自分自身に贖罪を受け入れる」
というテーマでした。
この文章だけでは
難しくてなんのことやら、って感じかもしれません。
私もまだ
全部理解はできていないのですが
そのレッスンの中で
「私はなんなのか?」という問いが出るときは
自分自身を拒否しているとき
と表現されています。
(実際にはもっと難しい言葉で
色々書いてあるので
もしかすると解釈が違っているかもしれません)
でも
そんな中でも私が受け取ったのは
「私は私以外の何者でもないのだから
私を探す必要はもうない。」
ということでした。
Sちゃんも陽妃さんも私だけど
それを超越した
「私」がいるのです。
今日の勉強会で
誕生日をきっかけに浮上した
自分に対する意識が
私は「私」なのだ
ともう一段ふかく落とし込まれた気がしました。
そして昨日
友人たちに少し遅めのバースデーをお祝いしてもらい
なんだか新しい次元の自分に気づいたお祝い・・・かなぁ
と勝手に思っています(笑)
Sちゃんであり陽妃さんであり
他の色々な私も超越した「私」
その「私」が私の意識の中で
明確になった。
おめでとう!「私」
こんにちは!「私」
これからもよろしくね♡