いただいたご質問

「赦し」とはなんですか?★質問をいただきました

こんにちは、対話トレーナーの天乃陽妃です。

大切な人や自分自身と

どのように対話したらすれ違わないのかをお伝えしています。

 

今回また、質問をいただいたので

私なりにお答えさせていただきます。

 

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天乃様こんにちは。

一つお伺いしたいことがあります。

それは

「赦し」とは何か?

です。

 

自分を赦す = 自分の何もかもを受け止める。

過去の失敗や至らなかった事も全て。

つまり 自責の逆

との解釈です。

 

ざっと書きましたが。

もしよろしければ

天乃さんの 赦し の解釈と

また、 この 赦し方 についてをテーマに、

見解も是非お聞かせいただけると嬉しいです。

 

Sより

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Sさん

ご質問ありがとうございます。

「赦し」ですね。

このテーマは私にとっても、とてもご縁がある、

と言ってもいいかもしれません。

 

色々なことを赦せなかった体験も通してです。

 

私は本当に、色々なことに怒っていて

世界を呪っていたな〜と思います。

 

 

「赦し」とは何か・・・。

 

色々な角度で話したいことがたくさんありますが

 

Sさんが書いてくださった

自分を赦す = 自分の何もかもを受け止める

は、まさにその通りだと思います。

 

自分の至らなかったことや失敗を真正面から受け止めるって

苦しいですよね。

 

受け止めるどころか向き合うことがまず難しい。

醜い自分であればあるほど。

 

その恥ずかしく醜い自分と真正面から向き合う。

そこに取り組もうとすることは尊いと思います。

 

では、自分の何もかもを受け止めるってどういうことなのでしょうか。

 

どういう状態になったら

受け止めたことになるのでしょうか。

 

私は赦しに至るには段階があると思っています。

それは次の4段階です。

 

1、事実に直面する

2、事実を受け入れる

3、愛しい思い出になる

4、意識の中にほとんどなくなる

 

私の例で書いてみましょう。

 

私は小学生低学年の頃

親の小銭をくすねていたことがあります。

 

それがある時バレてしまって、とても恥ずかしく気まずい思いをしたのですが

 

その思い出は自分の中ではあまりにも恥ずかしい思い出で

大人になるまですっかり記憶の外でした。

 

 

外、というより意識の深いところにしまいこんでしまったのです。

 

そんな恥ずかしくて醜い自分とは

といてい直面できなかったのですね。

数年前、自分がお金を受け取るのが苦手だと気付いた時

なぜそんなにお金が苦手なんだろう、と色々掘り下げていたところ

過去にお金を盗んでしまったことを思い出しました。

 

 

お金を盗んだのは、お金が欲しかったからですが

お金を欲しがった自分そのものを醜く恥ずかしい、と思い

その自分を抹消しようとしたわけです。

 

 

で、その思い出をスッカリ忘れていたのですね・・・。

 

その思い出が、私の意識の中にぽっと浮かび上がってきた時

最初はすごく嫌な気分でした。

 

嫌だ、見たくない、なかったことにしたい、という思いが上がってきました。

 

 

でもその出来事と、その時感じた感情をしっかりと思い出すことにしたのです。

 

これが一番目の事実の直面する、です。

 

そして思い出したことやその時の感情を

まず夫に話しました。

口に出すのも嫌だったことを、

過去にこんなことをした、と言語化したのです。

これが二番目の事実を受け入れる、です。

 

実はこの後、両親のところにいき

過去のことを謝りました。

 

なぜかというと

当時の私は恥ずかしさとやり切れなさのあまり

言い訳ばかりして、きちんと謝らなかったのです。

 

夫にお金を盗んだ出来事を話しながら

私が一番恥ずかしいと思っていたのは

お金をとったことよりも、言い訳して謝らなかったことだったと気づき

きちんと謝らなければと思ったからです。

 

両親に会いに行き

なかなか言葉が口から出ず

恥ずかしさのあまり涙が出て、

「あの時は、本当にごめんなさい、実はずっと苦しかった。」

と、やっとのことで打ち明けました。

 

そう、心の奥底にしまいこんでいても

実はどこかでずっと苦しかった自分がいたのもわかってきたのです。

 

両親はびっくりした顔で

あまり覚えていない、と温かい感じで言ってくれました。

そして、「子供ってそういうものだから。」とさらっと言ったのです。

 

私がずっと自分を恥ずかしいと思い、自分を責め続けてきたことが

両親にとってはなんてことなかった、

 

それはホッとするというか、ありがたいというか

張り詰めていたものがすーっと溶けた瞬間でした。

 

 

 

子供がお金をくすねてしまうこと

ずっとそれを後悔し続けて苦しんでいたこと

それを打ち明けられた両親があたたかく受け入れたこと

 

 

今、この一連の出来事を振り返ると

ありがたいと思うと同時に、愛しい思い出の一つなのです。

 

 

今ではお金を盗んだことに対して

そんな自分もいたな。

結果的に両親の愛を受け取ったな。

と思います。

 

これが3番目ですね。

 

思い出すと、心があたたかくなるのです。

 

 

そして、次

4番目、意識の中にほとんどなくなる、とは

しばらくすると、その出来事に対するエネルギーがほとんどなくなります。

 

記憶にはあっても言われれば思い出す程度、という感じです。

 

人によっては忘れてしまう人もいるかもしれません。

 

 

それほど、気にならなくなっていきます。

私もこうして記憶の引き出しを開けない限り

普段はほとんど思い出しませんし

お金が欲しいと思う自分に、いちいち嫌な感情を感じなくなりました。

 

 

この事例では、私は自分で自分を赦したのではなく

両親が赦したように見えるかもしれません。

 

 

でも実際に両親が赦してくれたのはおまけのようなもので

(本当にありがたいおまけでした)

 

まずは私が事実と直面し、やり残していた「謝罪をする」という行動に出た時点で

私は自分で自分を許す方向へと向かっていたのです。

 

 

もし、両親が赦してくれなかったとしたらそれは悲しいけれど

自分の中で、きちんとこの出来事と真正面から自分と向きあった、のであれば

「私はなんて恥ずかしい存在なんだ」という思い込みは消え

向き合った自分のことが愛しくなったでしょう。

 

 

Sさんの質問に戻りますと

「赦し」とは

意識の中になくなる、もう気にならなくなる、ということです。

 

 

心の中にあった

黒くてドロドロして重いエネルギーが

昇華して軽い光になり

祝福してくれる

 

という感じです。

 

そこに至るまでは

意識の中で、赦せない、赦したくない、と思い

赦す、と決め

時には頭で「赦そう」「赦そう」と意識し続けているかもしれません。

 

それらは全て「赦し」へ至る道です。

 

 

そして最終的には

「私は赦しました」というフレーズさえ出てこないくらい

その出来事が昇華されていきます。

 

 

Sさんのご質問は

「赦し」とは何か、と

「赦し方」でしたね。

 

 

両方織り交ぜてお伝えしたつもりですが

伝わったでしょうか。

 

 

この「赦し」のステップで大事なことは

最初「赦せない」自分もあり、にする、ということです。

 

 

「赦さなければ」と思い込みすぎると

「赦せない」自分が今度赦せなくなり

堂々巡りになってしまうからです。

 

 

私が「赦し」に向き合うときは

まず赦せていない自分を認識し

最終的に「赦す」と決めます。

 

 

そしてまだ赦せていないときでも

最終的に赦すと決めたから

今は途中過程にいるんだ、と思います。

 

 

まだ、赦せていないけど、今はそちらに向かって歩いている。

 

 

その自分を受け入れるのですね。

 

 

赦す、と決めたら、ベストなタイミングで赦しに向かう出来事が起きたり

メッセージが降ってきたりします。

 

 

本当に決めてたら、焦らずとも

遠からず、必ず赦すことになります。

なのでじっくり丁寧に向き合っていきましょう。

 

いかがだったでしょうか。

 

ここまで長文、読んでくださってありがとうございます。

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